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なちゅからなひび

◎ふつうだけどちょっと普通じゃないかもしれないオンナのなんのこたない日々のおぼえ書きなどつらつらと。

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降らない雪と一つの後悔

関東方面は何年かぶりの積雪などとニュースが流れてるけど、こちら愛知では降りそうで降らない感じ。
今日も昼間真っ黒な雲がやってきて、「おっ、来るか~?」と思ったけど、素通りされてしまった。岐阜方面ではかなり降ってるらしいけどね。ゲレンデ万歳じゃないのかな?

この写真は94年2月。今から14年前のもの。
カイが生まれて初めて見た雪で興奮しまくって、庭がぐちゃぐちゃになってる様子。
08020619.jpg
この頃はまだ病気の症状(アカラス)もほとんど出ていなくて、1歳前だったこともあってかとても幼い感じがするなぁ。
表情もうれしくて仕方ない、って感じに見える。
今回離婚したことで思い返すのは、短かった結婚生活の思い出ではなくカイのこと。

結婚して名古屋に来るために、両親に託して置いてきてしまったカイのこと。
名古屋に来る前、春先に症状が落ち着いていて毛もフサフサしてきて、いつの年よりもずっとマラミュートらしい姿になってた。
完治は難しいと言われてたけど、なんだかこのまま治るんじゃないかと思われるほど調子がよかったから安心してたのだ。

それでも月2回の薬浴は欠かせられなかったため、両親と都合を合わせて実家に帰り、それまで通りガレージで風呂に入れさせていた。
それまでの数年間で、これは定期的に行われるイベントだったのだけど、カイにしてみればいつもいたはずのワタシが最近はいなくて、このイベントがある日にはいる、って認識に変わっていたのだろうか。



それまでもワタシが不在の日はあった。
不在どころか、薬にあたって1週間寝込んでしまい、自宅にいるのに声も出せない部屋からもトイレ以外には出られない、なんて時もあった。
その間、両親がカイの世話をしてくれていたのだが、1週間目になんとか布団からはい出し医者に向かおうとダイニングに座り込んでいた時のこと。
外で母と遊んでいたカイが、何かの拍子に裏口からダイニングを覗き込んでワタシを見つけた。
あれ?という表情のまま勝手口で固まってるカイ。
「ごめんよ、遊んでやれなくて」と声をかけると、いつもは絶対にしないのに部屋へあがってこようとした。
外から母が止めると不思議そうな顔で、母と私の顔を見比べてる。
「ミホ、いないと思ったらいるんじゃんよ。今日は外出られないの?」とでも思ってたのか。
1週間も放置したことに怒るでもなく、ただそこに姿があるだけで喜んでくれるなんて、なんて幸せなことだったろう。



アカラスはダニの一種なのだが、体内に巣くってう為駆除が難しい。薬を飲ませて薬浴させて、それでも当時はまだ、アカラス=安楽死という時代だった。
ドクターによると、本人()よりも、飼い主が先に参ってしまうのだそうだ。手がかかりすぎて。
大抵最初は各部位の先端に症状が出るため、脚先、鼻周辺から顔全体、腹、脚の付け根などのやわらかい箇所へと広がっていく。
ひどい見た目で人によっては触るなんてもってのほか見るのもイヤと思うほど。
皮膚に症状が出るから臭いもひどい。
脚先も痛痒いらしく歩きづらい。
薬浴の後は薬を舐めとってしまわないように、ワタシや家族のお古のソックスをはかせてハンカチで結んだりしていた。

そんな状態だから、いわゆる普通の散歩はできず、普段はガレージと庭をひたすら走りまわって遊び、時々車に乗せて行って人気のない川辺で遊んだり、楽しみは月2の通院くらいで…
確かに大変だったけど、その分濃密な関係だったし、それなりに幸せだと思っていた。

ある金曜日、職場で社員の男性に週末の食事に誘われたのを「明日はを風呂に入れなきゃいけないんで」とあっさり断ったら、後で「転勤になりそうだったので、早いところミホさんに告白しようと食事に誘ったら振られてしまった」という話を別の社員から聞いて驚いた、という笑い話もあるくらいだ。



実家へ月2で通って3か月。
梅雨に入ったころから、カイの症状が悪化した。

実家から夜寝られないと連絡が入る。
カイがずっと夜鳴きをするのだそうだ。それを聞くのが辛くて母か父が外へ出て傍にいてやると、安心するのか静かになる。
しかしベッドに戻ってしばらくすると、また鳴き始めるの繰り返し。
ドクターに相談するも、あまりいい返事が聞けない。
ワタシも電話でドクターと会話をする。
今までは皮膚の表面だけに症状が出てたのが、治りかけてはまた悪化の繰り返しで、内部にもなんらか出ているか、場所によっては壊死しかけてるかもしれないと言う。

そして4ヶ月目、夏。



「ミホさん、そろそろ覚悟した方がいいです。カイ君もみなさんも十分がんばりましたよ」

カイはがんばってるけど、ワタシはまだ足りないよ。もっと何かできないの?今までだって何度も持ち直したよ。しばらく実家へ帰ってもいいよ。

「カイ君、もともと穏やかな性格だからか騒がないけど、ものすごく苦しいんだよ。
痛みも半端じゃないと思う。
言葉がしゃべれないから、聞けないけどね…」

家族会議の結果、どうするか=安楽死させるかどうか、はワタシが決める。
ワタシは実家へ帰ってはいけない。
日程は両親とドクターで決める。
ワタシへは全て終わるまで知らせない。

と決まってしまった。承諾してしまった。
両親としては、嫁に出した娘をこれ以上カイのことで縛り付けるのも辛かったのだろうけれど。



7月も終わりに近づき、母からカイの様子が電話で知らされる。
もともと暑さに弱いのに、体力がすっかり落ちたせいか、ご飯もあまり食べないし、遊ぶ気力もないみたい。ずっと横になってる。
先生が往診してくれるんだけど、先生が来ると喜んで尻尾を振るんだよ。

友もおらず、ご近所からは好奇と同情でみられることはあっても、決してなでられることもなかったカイにとっては、ドクターや看護士さんは、数少ない普通に接してくれる友だちだったのだ。

数度に渡るドクターとの会話で、遂にワタシは決断してしまった。

カイを痛みと苦しみから解放してください。



1999年8月4日。
約束通り、ワタシには知らされないまま、両親とドクターと看護士さんに見守られてカイは逝ってしまった。

夜、実家から電話が入る。

今日、だったよ。
それまでね、苦しそうにしてたけど、お父さんがなでてる内に、元のやさしい顔になってね。
眠るようだったよ。
夕方、看護士さんが「カイくんへ」ってお花持ってきてくれたよ。
もう痛がってないから、心配しなくていいからね。

泣いた。止めようとしても止まらなくて、いつまでも泣いていた。
泣き続けるワタシに投げかけた夫の言葉が、今になって思うと一緒に暮らせなくなった最初のきっかけだったのだけど、それはまた別の話。

後でドクターから

正直、こんなに何年ももつとは思わなかった。
カイくんもそうだけど、お宅のみなさんがそんなにがんばれると思わなかったから、ぼくもがんばったんだけど、力が足りずにすまなかった。
多分後数年もすれば、もっと楽で早く治癒できる薬などが出てくると思うけど
今は本当にこれだけしかできなくて、悔しい。

と。
ドクターは十分やってくれたのだ。今みたいにネットの普及していない頃に(と言ってもわずか9年前なのだけど)、いろいろ問い合わせてアメリカから薬を取り寄せてくれたり、体の大きなカイ(最高48kg)は薬代だけでも相当なものだったのだけど、それも薄利で提供してくれたり…。

みんながんばったのに。
こんなにがんばったのに、なぜ

なぜワタシは、親を脅してでも、ドクターのところへ突撃してでも「その日」を聞き出して傍にいてやらなかったんだろう。
最期のその時まで、父じゃなくて、ワタシがなでてやらなきゃいけなかったのに。
きちんと見届けるのがワタシの役目だったはずなのに。
最後の最期で逃げてしまったんだ。絶対にやり直すことも、謝ることもできない状態にしたのは自分だ。

それなのに、それだからかいつも頭に浮かぶのは、ワタシがいないはずのその時の光景。
まるでその場にいるかのように浮かんでくる。
何度も何度も浮かんで、何度も何度もカイを見送っている。

意外かもしれないが「後悔しないこと」がポリシーであるワタシの、どうしても消すことのできない数少ない後悔の1つだ。






ここまで読んでくれてありがとうございました。
仲良しの一部の人のご想像通り、泣きながら書きました。
思い返せば、ワタシがこんなに涙もろくなったのは、このときからのような気がします。

離婚後改めていろんなものを整理しているときにこの写真を見て、なぜだか無性に「今書かなきゃいつまでも書けない」と思って書きました。
2000年に初めてHPを作成したとき、いつかカイの最期を書かなくちゃ、と思ってきましたが、9年目にしてようやく書くことができました。

ドクターが言ったように、今ネットで検索しても、安易な安楽死はないようですし、治療も以前よりは簡単になっているようですね。
ブログなどで「すっかり良くなりました」なんて記事を読むと、うれしいんだけど切ない、悔しい複雑な気持ちになります。

本文で書いたように、顔がひどく荒れていたので「きれいになったら撮ろうね」と毎回毎回言いながら、結局わずかな写真しか残りませんでした。ツーショットなんてのもほんの数枚。
しかも薬浴の後だったりして、カイはきれいだけどワタシはよれよれ。とても人に見せられるようなものではありません。私の宝物です。

父のところに、カイを撮ったものを編集し、ワタシが家を離れてからの4か月間も映っているビデオがあるそうです。
DVDに焼いてあるから持って行きな、と言われてるけど、未だに持ってこれません。

自分の勝手で置いて出てきてしまったのに、その挙句離婚だなんて、まだまだカイに会わせる顔がありません。
もうちょっとがんばって生活が落ち着いたら、いつか見ることができるでしょうか。

そうなれるように応援しててください。
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コメントありがとう

よく 

  • commented by 大福丸|j3tiM3WA|
  • URL 
  • 2008.02/07 
  • [Edit]
よく書いたね。
読みながら泣きながら
ミホちゃんの気持ち考えたら
せつなくて。
後悔してる気持ちがなんか考えただけでつらい。
ずっとずっとひっかかってたんだね。
多分これからもそうかもしれないけど
こうやって書いたことで、そしていつかカイ君のDVDを観たときに心の痛みがとけていくといいなと思う。

うまく書けないけど・・・
大変だったけど・・・

カイ君は幸せだった。と思う。

うむ 

  • commented by りぶぞー|O/Uwto1M|
  • URL 
  • 2008.02/07 
  • [Edit]
よく書いたよくやった
そしてコレからもやり続けたまえ。
ともに走れるその日まで(`-´)。

本当に 

  • commented by vivi|-|
  • URL 
  • 2008.02/07 
  • [Edit]
よく書いたね。読んでる途中でカイくんの姿を思いだしてきて 涙が止まらなくなった..大きかったね体、そして心も。カイくんの姿(DVD)を見て更に元気をもらえる日が来ること信じてる。あなたも十分頑張ったと思うし、伝わってると思うよo(^-^)o
ゆっくり歩いていこう一緒に!(b^ー°)

お返事 

  • commented by ミホ|mmMU51W6|
  • URL 
  • 2008.02/08 
  • [Edit]
>大福丸
大福ちゃんまで泣かせちゃったか。
アナタもいい加減涙もろいしね(^^ゞ

>ずっとずっとひっかかってたんだね。
>多分これからもそうかもしれないけど

そうなんです。
今までは「棘」だったけど、
これで取れなくていい「ほくろ」くらい
になったかな…。

>カイ君は幸せだった。と思う。

いなくなった年、当時いつものぞいていた掲示板がオカルト系だったので
「夢にも出てきやしねぇ!!」
って書いた事があるんよ。
そしたらいつもふざけた事ばかり書いてる人が、まじめな文体で
「夢に出てきたらあなたが心配するでしょ?
それにきっと本犬も満足してるから出てこないんだよ」
ってレスをもらって、そうならどんなにかいいんだけど…って思ってました。
今は忘れた頃に夢に出てくるけど、ワタシの理想の状態で出てきちゃうので
すまんなぁ、と思うのよね。


>りぶぞー
めずらしくりぶぞーにほめられたわ(笑)
>ともに走れるその日まで(`-´)
カイと?(^-^)
庭では死ぬほど走ったなあ…(^^ゞ
たまに広い所へ連れてくと、「ほえー」となっちゃって
のんびり散歩になっちゃったんだよな
なんて思い出しました。


>vivi
アナタまで泣かせたか、すみません(^^ゞ
本犬を知ってるもんねぇ。
大型犬にありがちな、のんびりさんで、吠えたりすることもほとんどなくて
皮膚に出る病気でさえなかったら、もっともっと色んな人に
かわいがってもらえたんだろうなぁ、と思うと悲しいのよね。


みなさん、こんな自分語りにやさしいコメントをくれて
どうもありがとうございました。

今は、距離はあるけど実家のすずねさんとお付き合いしていかなければ。

もしいつかまた縁があれば、犬との生活も送りたいなあ、とも思います。
ワタシが育てると、みんな犬みたいになっちゃうのかもしれないけど…。

NoTitle 

  • commented by りんだ|-|
  • URL 
  • 2008.02/10 
  • [Edit]
遅ればせながら読みました
最後の時のことはまだ書けないというのを
いつだったか日記か掲示板で
読んだ覚えがあります

ゆっくりと読んでいたら
カイ君の人となりというかワンとなりというか?が
ミホちんのそれと一緒に伝わって来て・・・たまりません。

ワシは 今はマズいので必死で
目を見開いてためていますが;
ちょっと台所に行って泣きます

大福丸さんとviviさんだけでなく
りぶちゃんも泣きましたねきっと。

今の自分の状態と少し重なる部分があって
良い意味で考えさせられました、ありがとう。

それはどうかな 

  • commented by ミホ|mmMU51W6|
  • URL 
  • 2008.02/11 
  • [Edit]
>りんだ
>りぶちゃんも泣きましたねきっと

「感極まっても泣かない」人だと言い切ってましたから(笑)
http://mochoto.blog49.fc2.com/blog-entry-1595.html

>良い意味で考えさせられました、ありがとう。
まさか、お礼を言われることがあるとは思わなかったので驚きました。
こちらこそありがとうございます。
こういう話は、ワタシがどうとかカイがどうとかってのもありますが
読まれた方がそれぞれ、自分の大事なものを思い出して
何か考えるきっかけになればいいなあと思います。
なんか、エラソーですけどもv-356

台所なんかで泣いてると
お子様たちが心配しますぞ。


正直な事を言うと
みんなのコメントを読んで、また涙ぐんでるワタシです。

涙は枯れた 

  • commented by りぶぞー|O/Uwto1M|
  • URL 
  • 2008.02/12 
  • [Edit]
泣きませんよ泣きそうになったら
「ひょうきん族」を思い出すようにしてます。
と言うか本当に泣かないんだよね~
スミマセンね~(T-T)

すまんね 

  • commented by ミホ|mmMU51W6|
  • URL 
  • 2008.02/14 
  • [Edit]
>りぶぞー
泣きすぎで。
母に言わせると、生まれて小学生くらいまで
ほとんど泣かない子供だったらしいので
今帳尻合わせてる、ってことで(笑)

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